この記事は1996年の掲載記事です。したがって、現在の視点からはかなり古いものにみえるが、黎明期の様子を物語る記事として参考になるだろう。
サイバースペース1
インターネットの普及に伴い、サイバースペース(電脳空間)社会が日本にも広がろうとしている。オンラインショッピングはもちろんのこと、ネットワークによる電子決済や企業連携のうねりが押し寄せる。サイバー社会の到来を追った。
店主に早変わり
「千円アツプ!」「あと二千円」。パソコン画面のボタンをクリックする度に値段がつり上がる。「ほかにいませんか?」「はい、あなたに決まり!」−−。インターネットのホームぺージを使った仮想オークションが登場する。その名も「電脳市場・マルシェ」。東京・銀座のパソコン教室、インストラクション(神田祐治社長)が六月から始める新サービスだ。パソコンや自動車、ペットなど商品は何でもいい。個人や企業が会員登録し、商品情報と画像データを送れば、だれでもインターネット上に店を開げる。決済と配送手段は本人任せだが、自宅にいながらゲーム感覚で競売に参加できる。「今までの市場は大企業支配するマスマーケット。インターネットは個人をにらんだ新しい流通市場を創造する」と神田社長。インターネットなら日本で百万人、世界で五千万人ともいわれる人々が相手とあって、参加申し込みが続々と増えているという。
「ご注文の品は本日出荷いたしました。一週間ほどお待ち下さい」−−。東京・文京区。音楽関係のフリライター、中村美夏さん(36)の帰宅を待っていたのは、四十万冊の在庫を誇るインターネット通販専門の大手仮想書店「プックスタックス」からの電子メールだ。仕事がら海外の出版物やCD(コンパクトディスク)を頻繁に購入するが、今ではインターネットで買い物する方が多くなった。
日本語で表示
この書店が〃出店〃しているのは、米西海岸の仮想商店街「バーゲンアメリカ」。元マイクロソフト社員の佐藤俊之さん(35)がインターネットを使って、海を越えた日本人向けに始めたニュービジネスだ。二十三店のテナントのうち、半分以上は「CDナウ」など実際の店舗を持たない仮想専門店。店舖コストがかからない分、値段も国内店より二三割安い。表示を白本語にし、日本への配送にも力を入れた結果、半年前に二店で始めた商店街に、今では月間約四万人が〃来店〃する。
日本人旅行者のブランド品まとめ買いを見て、米国で女性に人気の大型フフッション専門店「ノードストローム」も出店した。「インターネットを使うことで、店舗を持たずに日本市場への参入を果たした」と佐藤さんは解説する。
海外出張の度に書籍やCDをまとめ買いしていた中村さんは「手間がかからず、値段も安い。十冊頼んでも送料は千五百円程度」と話し、プランド品もインターネットで買う。中村さんのような〃電子モール族〃が着々と増えている。
既存勢力も参入
インターネットによる市場の変貌(へんぼう)に対し、既存の流通勢力も無関心ではいられない。洋書販売の丸善はインターネットを使った書籍通販に乗り出した。家電量販店のダイイチなどが始めた洋書通販が好評なためだ。営業の手間が省ける分、丸善も通常販尭より値段を約一割安くしたところ、「和洋書合わせ、月に三千件近い注文がある」と経営企画室の鈴木幹夫室長は予想以上の反響に鷲く。日本の洋書輸入は通関べースで約八百億円。洋書通販は微々たるものだが「伸び率は右肩上がり」(鈴木室長)。新市場に背を向けていては「洋書の丸善」の看板も危うくなりかねない。
日本航空もネット人口の増加をにらみ七月からインターネットで国内線の予約受け付けを始める。国境や時間を超えたサイバースペースの広がりは、伝統的な日本の商慣習やライフスタイルを着実に変えようとしている。
1996/5/19/日
サイバースペース2
仮想の合弁会社
「日本にも米国にも本社が存在しない仮想の合弁会社が、六月にも誕生する」
三菱商事の野村一マルチメディア事業推進部長(52)は、インターネットで中古建設機械を売買あっせんする事業を始めるため多忙の日々を送る。事業化に協力するのは世界最大の情報サービス会社、米エレクトロニックデータ・システムズ(EDS)だ。中国や東南アジアのユーザーを対象に中古建機の販売情報を提供し、相手企業は北京やバンコクの事務所に居ながらパソコンで製品を発注する。三菱が国内建機メーカーに参加を呼びかけ、アジアでユーザー会員を募る。システム開発・運営はEDSが担当する。
アジア地域は建設・建築ブームに沸いており、に比べ割安な中古建機は引っ張りだこ。油圧ショベルだけで年間一万台以上の日本製品が売れている模様だ。だが一握りの華僑・華人が流通網を牛耳り、最終ユーザーまで届くのに五、六社の販売代理店を経由するといわれ、価格も不透明。インターネットによる直接売買で価格は下がり、ユーザーも大量の製品情報から製品を選ぷことができる。「将来は自動車部品や建設資材、野菜なども取り扱い、そこに行けば何でもある楽市楽座を作る」と野村部長の夢は膨らむ。
インターネットの利用が産業界で急速に広がるなか、ベンチャー企業だけでなく、大企業もネットワーク上で提携し、新規ビジネスに乗り出す例が相次ぐ。従来のピラミッド型階層の企業社会から抜け出し、各社の事業部門の得意技を結び付ける「ネットワークト・カンパニー」の誕生だ。実際の企業提携に比べて業務上のコストが大幅に安
く、自由自在に販路を拡大できる利点もある。
瞬時に情報検索
インターネットの先進国・米国では、本社の社員がたった六人なのに、ネットワークで全米規模のビジネスを展開するベンチャー企業も登場した。コロラド州デンバーに本社を構えるファーストリンク・インターナショナルで、遠隔地にあるオフィスの書類をデジタル情報に変換してネット上で保存・管理する。頗客はオフィスの大量の紙を一掃できるほか、必要な情報をパソコンで瞬時に検索できる。
ファーストリンク社の創業社長は最近までコロラド大学の教壇に立っていたバーバラ・エリオットさん。実際に顧客の元へ出向くのは業務提携する情報関連三社の社員になる。業務連絡は電子メールを利用、エリオットさんは「社員は六人でも(提携企業の)二千八百人の社員を動かせる」と豪語する。ニューヨークなどにある約三十社の法律事務所と契約ずみで、近く病院の患者用カルテや証券会社の売買取引書類も取り扱う。日本進出も計画、二十一日にはエリオットさんが来日し、パートナーを探す。
需要堀り起こす
空洞化で存亡の機に追い込まれた日本の繊維業界でも、ネット・カンパニーが産声を上げる。その名も「サイバー・ドリームテックス」。ニチメンの子会社、ニチメン繊維工業(大阪市)がインターネツト上にホームページを設置し、得意先の約百五十社に参加を呼びかける。
「インターネットを通じて業界の横のつながりを深めたい」。仕掛け人のニチメン繊維工業の奥野公夫情報システム部課長(42)は語る。ネツトワークを通じて海外の新規需要を掘り起こしたり、学生のリクルート活勤に利用するなどのビジネスに発展させる。コンピュータ三ネットワークが生み出すサイバースぺース(電脳空間)は、従来のモノサシでは測れない企業群を生み出す。これら新興企業が実際に利益を生み出すようになればサイバー社会は一段と進化する。
(サイバ,スペース取材班)1996/5/20/月
サイバースペース3
口座開設に難問
サイバーキャッシュー−電脳貨幣と訳したらいいだろうか。米国で普及しているインターネットショッピングの電子決済システム「サイバーキャッシュ」がこの春、日本に上陸した。採用したのは、ソフトウエア会社のインターリープ(東京・新宿、千葉勇社長)がインターネット上に開設した仮想商店街。通信販売を希望する利用者は、サイバーキャッシュのソフトを画面で呼びだして、それに従って注文とクレジットカード番号を入力するだけでいい。暗号技術を使って安全にカード番号を送るのが秘けつで、これがサイバーキャッシユ本社(バージニア州)に届くと、カード会社に転送され、口座引き落としで決済が完了する。
日本のインターネットを
使った通販では、支払いは銀行の窓口で振り込むか、商品配送時に代金を現金で支払うのが普通。クレジットカードを使う場合でも、安全確保のためにファクシミリで送るケースが多い。サイバーキヤッシュを使えぱ、消費者は安心で便利だし、店舖側は小口金額も扱ってもらえるなど、手間やコストは軽滅される。
「これからはネット上での安全な決済手段の確保が重要になる」。こう考えたインターリーブの千葉社長は、九五年秋からサイバー社と交渉に入ったが、難問にぶち当たった。サイバー社経由の暗号化された情報を受け入れる銀行が日本にはなかったからだ。結局、インターリープがサイバーキヤッシユと契約する米銀に口座を開き、決済を米ドル建てですることで解決した。
出遅れた日本勢
情報通信技術の発達は、お金をデジタル信号の「価値情報」に置き換えて使う電子マネーを生み出した。欧米で先行した技術は草の根レベルからじわじわと日本に押し寄せている。なぜ、日本の銀行はサイバーキヤッシユを受け入れなかったのか。サイバー社が扱う個人情報が信頼性に欠けるというのが理由の一つだが、実際には電子マネーに対する認識が不十分で対応の仕方がわからないというのが真相のようだ。ようやく一部の銀行やシンクタンクが通産省の後押しなどを受け、電子決済の実験をスタートさせた段階だ。
鈍い邦銀をよそに、インターネットを通じて米国に電子マネー口座を開く消費者も現れている。ソフト開発会社のデジタルガレージ(東京・渋谷)代表の伊藤穣一氏(29)もその一人。米マーク・トウェイン銀行(ミズーリ州)が電子決済用に発行している「eキヤッシユ」を使い、ネットで洋書などを購入する。小切手を送って口座を開くと、米ドルと交換可能な「価値情報」としてeキャッシュがネットで送られてくる。ドル紙幣の代わりにeキヤッシユを送ると、代金が口座から落ちるシステムた。伊藤氏は「送金の手間も省け、使い勝手もいい」と便利さを強調する。
活性化の触媒役
今週、サイバー社の幹部が来日、関係者を回る。お金を銀行口座から直按ICカードに移して繰り返し使えるタイプの電子マネー「モンデックス」の運営会社も、日本法人の設立を準備中だ。先週、東京都内で会見したモンデックスの最高實任者ニアィム・ジョーンズ氏は、英国に続きカナダでも街全体で実用化がスタートする点を強調した。サイバースペース(電脳空間)から飛び出してきた電子マネーは、日本の金融秩序を変える可能性を秘めているという見方が多い。オンラインショッピングや企業間の連携などサイバービジネスを活発化する触媒の役割も果たすことになりそうだ。
(サイバースペース取材斑)1996/5/21/火